指先 挿絵
「俺だー泊めろー」

金曜又は土曜の夜、かなりの確率でそんな声がして、たっちゃんは俺の部屋に転がり込んで来る。
そして、いつのまにかそれを当たり前のように待っている俺がいる。


待ってたからって、たっちゃんが俺の部屋に来たからって、それで何が変わる訳でもないのに。


小さい頃から地元の高校を卒業するまで、俺とたっちゃんはずっと一緒だった。
何をするにも俺はたっちゃんの後をくっついて歩いた。
二人の進路が別れたのはたっちゃんが大学に進学して、地元を離れ東京に上京した時。
俺は大学には行かず、隣の県の美容師専門学校へ進んだ。

その時、ああもうこれで、たっちゃんとの腐れ縁も終わりなんだなぁと俺は思ったものだ。


これでやっと、俺の不毛な恋も終わるのだと。


小さい頃からずっとたっちゃんの後をおいかけて、俺の目にはたっちゃんの背中しか映ってなくて、いつのまにか当たり前のようにたっちゃんを好きになってた。
でも、だからって俺たちの間に何も起こる訳はなかった。
たっちゃんを見てるのは俺だけで、たっちゃんにとって俺はいつもちょっと頼りないただの弟みたいな存在だったから。

高校の3年間で、俺は自分の恋の不毛さを嫌って程味わった。
だから、もう、たっちゃんにはこれで会うことも無いと、俺の不毛な恋も終わりだろうと思って、高校の卒業式には俺は誰憚ることなくわんわん泣いた。
みんなにも、たっちゃんにも「お前は地元に残るのになんでお前が一番泣いてるんだよ」って笑われた。
みんなが地元を離れていって、たっちゃんも実家を離れ一人東京へ旅立っていった。


たっちゃんのいない人生も当たり前になって、俺は実家から専門学校に通い、そうして少しずつ俺の幼い初恋を忘れていった。
専門学校を無事卒業して、俺も上京して、美容院に就職をした。仕事を覚えるのに夢中で、数年はあっという間に過ぎた。
そして、去年、実に5年振りぐらいにたっちゃんとばったり再会した。
もう会うこともないし、もし会ってもきっと昔のような関係にはならずに、挨拶だけして別れるんだろうと思っていた俺の想像とは裏腹に、たっちゃんはあっという間に俺との数年の距離を無かったことにしてしまった。

たっちゃんにとって俺は、いなけりゃいないであっさり忘れられる存在だったくせに、再会したら数年のブランクも無かったことにできる、そんな気の置けない相手なのだった。
たっちゃんは、大学卒業後そのまま東京で就職して、社会人一年目になっていた。






仕事柄週末は飲みに誘われることも多いらしいたっちゃんは、繁華街のど真ん中に俺の部屋があると知ると、こうして週末しょっちゅう俺の部屋に転がり込んで来るようになった。
俺は…迷惑そうなふりをしながら、本当はやっぱり、内心嬉しいと思う気持ちを抑えられなかった。

忘れた筈の初恋は、タイムカプセルにいれてあっただけみたいだ。
掘り出されて、あっという間に高校生の頃の気持ちに逆戻りしてしまった。

二人とももういい大人になったはずなのに、俺とたっちゃんの関係だけが、あの頃と何も変わらないみたいに、二人になるとあっというまに子供に戻ってしまう。
俺のピカピカの初恋も、ちっとも色あせずにむしろ今の方が思いは強くなってしまった。
一度諦めた相手が、向こうから俺の元に飛び込んできてくれたのだから……。



週末、俺の部屋に来るときにはたっちゃんはもうすでに酔っぱらって出来上がっている事が多い。
酔っぱらうと、たっちゃんはちょっと甘えん坊の子供みたいになる。
酔って管を巻いて、俺へのスキンシップが増えて、やたら足とか髪とか顔を触りたがる。
俺はそんなたっちゃんが可愛くて、甘えられるのが嬉しくて、でもすごく切ない気持ちになって泣きそうになる。


たっちゃんはこんなにまっすぐ俺のことを信頼してくれてるのに、俺だけがたっちゃんを裏切っている気がして。
俺がそうやって触れてくるたっちゃんの指にどんな気持ちを抱いているのか、知られるのが怖くて。

翌朝二人で一緒に飯を食って、休日を適当に過ごして、夕方には別れるのが大体決まった約束みたいになっている。
たっちゃんはよれよれのスーツに身をつつんで、「じゃあまた来週なっ!」と笑いながら去って行く。
それに「バーカ、おれんちはお前のホテルじゃねーぞ!来なくていいからな!」って返事をして送り出す。

次の一週間も、週末を待ちながら過ごすくせに。


もしかして来るかもしれない。来たらどうしよう。
もしかして来ないかもしれない。来なかったらどうしよう。


たっちゃんと再会してから、俺の頭を支配するのはたっちゃんの事ばかりだ。


会ったからって、二人の関係が変わるわけでもないのに。
また辛い思いをするだけなのはわかりきっているのに。





俺は、この恋を持てあましている。
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